【EXPANSION TALK】営業はマーケへ、マーケは営業へ キャリアエクスパンション実践者たちのインタビュー #02 HubSpot 伊田聡輔さん 前編

【EXPANSION TALK】営業はマーケへ、マーケは営業へ キャリアエクスパンション実践者たちのインタビュー #02 HubSpot 伊田聡輔さん 前編

ワンマーケティングが考える「BtoBマーケティング」とは?

営業は、次のキャリアの選択肢にマーケターを加えてほしい。そしてマーケターは、営業の現場にもっと目を向けてほしい。

ワンマーケティングのアドバイザー 小関貴志が連載したコラム『30代、営業からマーケターへのキャリアエクスパンション』。

その続編シリーズとして、営業からマーケターというキャリアエクスパンションを実践されている方へのインタビューをお届けしています。

今回ご登場いただくのは、営業を経て、マーケティングチームのマネジメントも務めた後、再び営業へ。現在は、インバウンドマーケティング&セールスのソフトウェアを手がけるHubSpotで、日本法人のセールスディレクターと共同事業責任者を務められている伊田聡輔さんです。

伊田 聡輔 氏(写真右)
HubSpot Japan株式会社
共同事業責任者/セールスディレクター

小関 貴志(写真左)
ジャパン・クラウド・コンサルティング株式会社 シニアディレクター
ワンマーケティング株式会社 アドバイザー

新卒1年目、思いがけず海外市場戦略に携わることに

小関:「営業からマーケターへのキャリアエクスパンション」というテーマで、Dell時代に営業として同じ会社で仕事をさせてもらった伊田さんに声をかけさせてもらいました。伊田さんは営業からマーケティング、そして再び営業へ、というキャリアを歩んでこられていますが、スタートは商社からでしたよね。

伊田:はい。僕は新卒で丸紅に入社して、海外市場戦略に携わる経験をさせてもらいました。

小関:自ら希望した配属先だったのですか?

伊田:いえ、商社を志す方の多くはそうだと思うのですが、本当は営業部に行きたいと考えていました。実は、それ以外の配属希望については、「ここを書いておけば絶対に配属されないだろう」と、経営企画や市場戦略といった新卒1年目にはハードルの高そうな所を書いておいたのです (笑)

小関:それが思いがけず通ってしまったのですね(笑)。どんな仕事をされていたのですか?

伊田:仕事は大きく2つありました。僕は中南米の市場担当だったのですが、商社にはいろいろな公的機関とのお付き合いがあり、大使館や外務省との連絡窓口を務めていました。そしてもうひとつ、当時「カントリーリスク」という概念が注目されつつあり、国ごとのリスクを見極めて取引条件などを調整するために、そのガイドラインを制定する仕事をしていました。

小関:すごくスケールの大きな仕事ですね。思いがけない若さにして(笑)そこから私も当時いたDellに移ってこられたわけですが、なぜ転職を考えられたのですか?

ITを一番“民主化”している会社に入りたい

伊田:1999年から2002年にかけて丸紅にいたのですが。「すべての産業がIT化する」という予感がありました。今はそれが現実のものとなって、たとえば外食産業でも、スマホアプリで注文をとる時代が来ていますよね。その流れを感じていたので、自分のコアな知識として「インフォメーション・テクノロジー」を身につけておくべきだと考えたのです。
そしてもうひとつ、「ITを一番民主化している会社に入りたい」という想いがありました。

小関:ITの民主化。

伊田:はい。ITの知識を“IT産業”という限られた社会の中で使うのではなくて、ITの可能性をより多くの人に届けられるような仕事をしたいと。そんな中、「1人1台買えるPCをつくっているDellとは、どんな会社だろうか」と興味を持ちました。

小関:確かに私がNECにいた1990年代は、パソコンはまだまだ高額な商品でした。当時、PCは1台70万円ほどで、お客様も大手企業のみなさんが中心でした。

伊田:PCは1部署につき1台という感覚でしたよね。

小関:次第に価格は下がっていったものの、それでも40~50万円という価格帯でした。

伊田:そこに対して、1人1台買えるPCというDellのプライシングは画期的なもので、ITの民主化を大きく進めたのではないかと考えています。

小関:そのような観点でDellという会社を選んだのですね。そう考えると、以降のキャリアも方向性が一貫していますよね。

伊田:はい。必要だからITを学んでおこうと立ち寄ったつもりが、結果として本業になっていました(笑)

2002年にDellに入社して、はじめの1年半ほど営業を経験し、その後マーケティングに移り、個人向けと中堅中小企業向けのパソコンのマーケティング戦略略を4年ほど担当しました。そこからマイクロソフトに移り、Windows OSのプロダクトマーケティングに3年間携わり、再びDellに帰ってきました。

2009年にDellに帰ってブランドマーケティングチームのチームリードを務め、Google Adwords の営業部長としてマーケティングツールを販売する立場になり、そこから現在HubSpotのセールスディレクターに至るというキャリアを歩んできました。

伊田:ふり返ると市場戦略を3年、営業1年半、マーケティング9年を経て、その後営業のマネジメントを7年という道のりになります。

寝ても覚めてもプライシングのことを考えていた

小関:Dellへの最初の入社は2002年でしたか。私は2000年の入社ですから、伊田さんと2年違いですね。

伊田:小関さんは当時セールスリーダーをされていましたね。僕は営業本部のSMB&C(スモール・ミディアム・ビジネス&コンシューマー)と呼ばれるセクションにいて、従業員数400名以下の中小企業のお客様と個人のお客様を担当していました。

小関:売れましたよね、あの時(笑)

伊田:売れましたね(笑)。これは当時言われていた社内的なジョークなのですが、「Dellの4P」という言葉をご存知ですか?

小関:えっ、そんな言葉がありましたか?

伊田:よく言われるマーケティングの4Pがありますよね。Price(プライス)、Place(プレイス)、Product(プロダクト)、Promotion(プロモーション)。でも、DellのPCは、プロダクトの面で何か特殊性があるかと言うと……

小関:癖が無くて、そこがかえって素晴らしいというPCでしたね。

伊田:はい。“一番普通のパソコン”だから、プロダクトを気にする必要が無かったのです。そして、プレイスも……

小関:そもそもチャネルが。

伊田:そうです。直販だしオンラインなので、プレイスを考える必要もありませんでした。そして当時のプロモーションは、メモリー2倍のキャンペーンであったり、ハードディスクのクーポンであったり、つまりはプライシングに直結していた。だから「Dellの4Pは、プライシング・プライシング・プライシング&プライシングだ」というジョークがありまして(笑)。

伊田:これこそDellがITの民主化を牽引した原動力だと思います。PCを特殊な人しか買えないものから、みんなが1台持っているものに変えていった。

小関:特に、ノートPCが10万円を切った時の売れ方は衝撃的と言ってもいいほどでした。

伊田:衝撃的でしたね。そんな中で、営業からマーケティングに移り、プライス・キャンペーン戦略を4年ほど担当したのですが、質の良いPCをいかに多くの消費者に届けるかという考えのもと、寝ても覚めてもプライシングのことを考えていました。

ひとつの意思決定が影響を与える範囲が、急に広がった

小関:マーケティングの仕事を始めた頃、何か困ったことありませんでしたか?

伊田:ありました。営業からマーケターにキャリアを移して一番困ったのは、やはり「意思決定」です。当然、営業も個別の商談に対して責任を持って進めていく中で、その時々で意思決定を行っているのですが、マーケティングのアクションは、ひとつの選択がお客様にも、社内にも、ものすごく多くのみなさんに影響を与えてしまいます。たとえば僕が「このPCの価格を5000円下げる」と決めたら、その影響が及ぶ範囲はとても広くて、そこはかなりの神経を使いました。

小関:マーケターとしての経験が無い所は、どのようにキャッチアップしていきましたか?

伊田:マーケティングに移った瞬間に、社内で合意形成をしなければならない人のレイヤーもすごく高くなりました。たとえば本部長と直接話すようになったりして、英語で意思決定することも勉強しました。その時が人生の中で一番、英語を勉強したと思いますし、「自分が正しいと考えることを会社としての意思決定にしてもらうために、どのような論理付けをしたらいいのか」ということに一番苦心していた時期だったなと思います。「なぜ君はそのプライシングが正しいと思うの?」という問いに対して、やはりきちんと説明できなければならない。「売れると思います」だけでは通じませんからね。

キャンペーンがもたらすお客様と営業のやり取りを、想像できた

小関:そんな日々の中で、営業での経験が役立つことはありましたか?

伊田:ありました。一つはやはり、Dellのような会社はマーケティングだけでは仕事が完結しないため、営業の実務を知っているということが大きかったです。「このキャンペーンを受けたお客様は、多分こういうことを営業に言ってくるだろうな」と、お客様の反応とそれに対する営業の動きを想像することができましたから。そこをイメージしながらキャンペーンを考えていくと、お客様と会社との摩擦が無くなるような感覚がありました。

小関:キャンペーンに分かりにくい所があるとクレームを生んでしまったり、会社全体の信頼を損ねてしまったり、これは見積もりを作りにくいだろうなということを想像できるわけですね。営業の立場を想像できたというのは、かなり大きな要素かも知れませんね。

伊田:そうなんです。一連の工程を把握しているというのは、当時のDellの中では珍しかったと思います。

小関:当時のマーケティングチームには、MBAを取得してきてマーケターとしての専門性とキャリアを積み上げてきたような方もたくさんいたと思います。そんな方たちと一緒に仕事してみて、自分の強みであったり、自分の立ち位置であったりを、伊田さんはどんな風に考えていましたか。

伊田:すごく刺激になりました。マーケティングのスペシャリストたちと一緒に会社として正しい判断を目指していく仕事は、大変でしたけども素晴らしいと感じていましたし、その環境にいられることをラッキーだと思っていました。自分の立ち位置や強みという部分では、やはり「これを受けたお客様と営業の間に、どのようなやり取りが発生するのだろう」ということに思いが至った点は、今ふり返っても特殊な立ち位置だったなと思います。「このキャンペーン、見積り作りにくいよ」という意見は何度か言ったことあります(笑)

仕事が先か、ポジションが先か

小関:そもそも営業からマーケターに移った時は、自分から「なりたい」と手を挙げたのですか?それとも「来てくれ」と頼まれたのですか?

伊田:当時、マーケティングの部長をされていた方から誘っていただきました。その理由として、営業部門にいた頃から、すでにマーケティングの仕事をやっていたからだと思います。

小関:具体的にどんなことをされていたのですか?

伊田:マーケティング部門が考えたキャンペーンを、営業チーム内に分かりやすく周知するためのポップをつくったり、セールスコンテストの企画をしたりしていました。

小関:自分の仕事のために、あるいは、会社のみんなのためにやっていたことが、マーケターの仕事に近かったということですね。それをどこかで見てくれている方が、ちゃんといるのですね。

伊田:そうなんです。だからもしも、「今営業だけどマーケティングに行きたいな」という方がいたら、本来はマーケティングがするべき領域だけど誰も手を付けられてない仕事って、社内にたくさん転がっていると思うんです。まずはその仕事を、自分でやってみたらいいと思います。

営業とマーケティングは、全然違う世界の人で、営業は営業の専門がいて、マーケターはマーケの専門がいる。そんな考え方もあると思いますが、医師や弁護士のように資格を持っていなければ捕まる、という仕事ではないですから。何でもやってみたらいいと思っています。ポジションが先に来て、その後に仕事が来るのではなくて、仕事が先に来て、その後にポジションが来るのだと思います。

誰も価格を知らない製品をマーケティングする

小関:Dellからマイクロソフトへ移られた時は、また違うマーケティングのスタイルでしたか?

伊田:そうですね。プライシングだけではなかったです(笑)

小関:(笑)

伊田:でもまさに、違うマーケティングを経験するためにマイクロソフトに行きました。と言うのも、Windows OSの価格ってご存じですか?

小関:DellのPCは、1台あたりの価格が誰でも分かります。でも、OSの価格と言われると分からないですね。

伊田:聞いたこと無いですよね?(笑)

小関:聞いたこと無いです(笑)。だってもともと入っているものだから。

伊田:自分でOSを買うという方は、余程のPCマニアですよ。「みんなが価格を知らないIT製品のマーケティング」なんて未知の世界だったし、これは面白そうだなと思ったんです。それからDellの場合、他社でもつくれるような標準的なプロダクトを他社には無いプライス戦略で販売していたのですが、逆にWindowsは1社しかつくってないんです。

小関:Windows OSは、今でもありますしね。

伊田:そう、今でもあるんです。これまでやれなかったことを全部やれるマーケティングだ。そう思ってマイクロソフトに移りました。

小関:「Windowsのマーケティングって、何をするのだろう?やらなくても売れるのでは?」と思っていました(笑)

伊田:僕は法人を担当していたのですが、最新のWindowsというものは最高の製品なのだということをマーケットに知ってもらい、お客様に旧バージョンからの乗り換えを促すという活動をしていました。

小関:そこでマーケターに求められるのは、どんなことだったのですか?

伊田:すごく強いプレッシャーを感じたことを覚えています。Dellは直販だけでしたから、価格戦略も僕が「5000円引きます」と言ったら5000円引く、上手くいかなければ5000円戻す、というシンプルなものでした。マイクロソフトは様相がまったく違い、OEMやパッケージ、ライセンスなどがあり、チャネルも多岐にわたっていて、一つひとつの意思決定が複雑に入り組んでいました。そして、自社で完結する直販ではなく他社にも関わる判断になるため、失敗ができなかった。

小関:値段を戻せばいい、というわけにはいきませんよね?

伊田:前例が無く、「とにかくやってみよう」が通じない中で正しい判断をするということが、とても大変なことなのだと身をもって感じました。

マネージャーとして、他者を通じてインパクトを生み出す経験

小関:そこから再びDellに戻られた時のモチベーションは、どのようなものでしたか?

伊田:マイクロソフトでは2006年から2009年にかけての3年間お世話になりました。Dellに戻ったのは、次はマーケティングのチーム全体をリードするような仕事をしたいと考えたからです。その時Dellがそれをさせてくれたのが大きいです。中小企業向けの製品マーケティングチームのリードをやってみないかと言ってくれました。

小関:そこで初めてピープルマネジメントを経験されたわけですね。どうでしたか?

伊田:楽しかったですね。ただ、最初はもどかしさを感じていました。これは営業でマネージャーをしても、マーケティングでマネージャーをしても同じだと思うのですが、「このキャンペーンは自分ならこうするな」と思いながら他人に任せるのは、フラストレーションを感じますよね。でも、そこをフィードバックしながらメンバーに任せていくと、自分で手を入れるよりも、チームとして大きなインパクトを生み出せるようになってきました。「自分の目指すものを他者を通じて実現させていく」という経験を初めて味わって、これはこれで面白くインパクトのある仕事だなと思えるようになりました。

小関:最初は手間がかかって時間もかかるけれど、何回か繰り返していくうちに、チームメンバーの皆さんもいろいろ考えてくれるようになっていく。

伊田:自分が手を動かしたくなる所をぐっと堪えた手我慢するということも仕事の一つだなって思いました。

小関:伊田さんは、そこから再び営業になり、Googleに移られています。なぜ、営業としてGoogleへ?

伊田:そうですね……。「営業をやりたい」って、思ったんです。

小関:もう一度、営業をやりたいと?

二人の対談は、さらに続きます。伊田さんがなぜ、再び営業に戻ったのか?営業とマーケター、2つの職種を行き来する中で掴んだものとは?後編でさらに、お話を聞いていきます。

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